はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 330 [ヒナ田舎へ行く]

えっと、ブルーノ怒ってる?

それともルークの前だから、態度が違うだけ?

よくわからないまま、ダンはルークの向かいに座り、ブルーノの出方を伺った。ルークがいなくなった途端、噛みつくとか、ないよね?だとしたら絶対いてもらわなきゃ。

「すみません、僕だけいただいちゃって」ルークはそう言いながらも、ほくほく顔でカップを口に運ぶ。就寝前のくだけた格好はヒナの調査にやってきた弁護士には見えない。

「いえ、いいんです」と言ったものの、ブルーノにも聞くべきだったかと咄嗟に思う。

「ところで、僕はお邪魔じゃないでしょうね?」ルークは念の為といった様子でブルーノに訊ねる。見る限り、邪魔だと言われても、腰を上げる気はなさそうだ。

「別に。いてもらってかまいませんよ」ブルーノは言いながらダンのすぐ横の椅子に腰を下ろした。

素っ気ない物言いだったけど、これがいつものブルーノだ。ルークは特に気を悪くした様子はない。ブルーノがどういう人か理解しているのだろう。

「それで、僕に用って……」ダンは居心地悪げにお尻をもぞもぞと動かした。

「ん、まあ、別に用ってほどのことでもないんだ。朝食の打ち合わせをしておこうかと思っただけだ」

朝食の打ち合わせ!?

そんなのしたことない、よね?

「ルークの意見も是非聞きたい」ダンの懸念に気付いてか、ブルーノが言葉を足す。

「え、僕ですか?」ルークは驚いた様子で、曇った眼鏡越しにブルーノを見やる。話を振られるとは思っていなかったようだ。

「食事は質素なものにしろと言われているが、もともとそんな贅沢はしていないんだ。今朝は少し奮発したが、男ばかりの食卓でポリッジだけなんてあり得ないだろう?」ブルーノはぞっとしたように身を震わせた。

確かに、料理人の一面を持つブルーノからしたら、アレを料理とは言わないだろう。ダンの考えも同じだ。

「ええ、僕もそう思います。特にヒナやカイルはまだ成長の途中ですし、食事はある程度ボリュームがあっていいと思います」ルークは生真面目に力説する。

ヒナの事を考えてくれているのだと思うと、途端に親しみが湧く。

「ルークさんはよく食べる方ですか?」ふと気になって訊ねた。

「ええ、まあ。こう見えて、結構食べるんですよ」

こう見えてというのは、小柄だという意味なのだろう。同じように小柄なダンも、結構食べる。ヒナの世話は体力勝負だ。食べないとやってられない。

「では、食事に関してはこちらにすべて任せていただけるという事でいいですね」ブルーノは許可を得ているというよりも、断言するように言い、役目を終えたとばかりに、椅子の背にゆったりともたれた。

結局、何の用だったんだろう。

ダンは首を傾げずにはいられなかった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 331 [ヒナ田舎へ行く]

「なんでお前が。ダンはどうした」

張り切った様子で書斎にやってきたカイルを見て、スペンサーは思わず不満の声を上げた。

銀のトレイには、この屋敷ではなかなかの貴重な品である銀のポットと陶器のポット、マグカップが三つ乗っている。ガチャガチャと危なっかしいったらない。

「んと、ブルーノが用があるからって。だから僕が代わりに持ってきたんだ」そう言って、来客用のテーブルにトレイを置き、茶会――いや、ココア会を始めようとする。「一緒に飲もう。ヒナのはこっちの冷めたやつね」

「うん、飲もう飲もう!」

飲もう飲もう、じゃねえ!

「夜遅くにココアなんか飲んで、虫歯になっても知らないぞ」味方になるとか言っておいて、何もせずにいる気か?ダンはブルーノに捕まったんだぞ。

と目で訴えてみるが、ヒナはまったく気付かず、冷静に反論してきた。

「歯磨きするから大丈夫」

「そうだよ。僕たち寝る前にちゃんと歯磨きするんだから。お酒飲んでそのまま寝ちゃうスペンサーとは違うんだからね」

カイルまで偉そうに。まるで俺を汚いものみたいに言いやがって。

「たまたまそういうことがあっただけだろう」チッと舌打ちをして、ヒナが用心深く差し出すカップを受け取った。ココアがなみなみ注がれていて、かなり危険だ。嫌がらせなのか?同盟はいったいどうなった?

「そういえば、明日は雨みたいだけど」スペンサーとヒナの密約を知らないカイルは、いたってのん気な様子で席に着く。

「え?どうしてわかるの?」ヒナはがっつくようにして身を乗り出した。

そんなヒナの必死な様子に気付いているのかいないのか、カイルはひょいを肩を竦め溜息を吐く。「空が暗いし、空気がしめってるから。あーあ、明日はウェインさんに会えないや」

「そういや、空気が重いな」てっきりブルーノのせいだと思っていたが、雨だからか。となると、明日の予定を組み直さなきゃならんな。

「それじゃあ、ヒナも、ウォーターさんに会えない?」ヒナはスペンサーをじっと見る。穴が開くほどじっと。

裏切り者のくせに、自分のお願いは聞いてもらおうというわけか?

「まあ、そうなるな」スペンサーは澄まして答えた。

ヒナがキッと牙を剥く。

「ずっと一緒にいられるって言ったのに!」密約をいとも簡単にばらす。

「え、なにそれ?どういうこと?」カイルが茶色い瞳をキランと光らせた。

ほらみろ!面倒がひとつ増えただろうが!

つづく


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ヒナ田舎へ行く 332 [ヒナ田舎へ行く]

カイルはベッドの中でごそごそと寝返りをうった。

ココアを飲み過ぎたせいか、そのあとの歯磨きのせいか、なかなか寝付けずにいた。

ヒナはぐっすりと眠っているのだろうかと、ぼんやりと考える。スペンサーと何やら取引をしたみたいだけど、ヒナはウォーターさんと一緒にいられるようになる代わりに、スペンサーに何をしてあげるんだろう。

ヒナに出来ることって?

カイルはしばらく悩んだ。もうかれこれ十日近く一緒にいるけど、ヒナに出来そうな何かが思いつかない。おやつを食べて昼寝する以外の何か……。

日本語を教えてあげるとか?ヒナのお父さんは通訳官だっていうし。

でもスペンサーは日本に行く予定なんてないし。

あ、そうだ!僕がヒナに日本語を教えてもらおう。そしたら、ヒナが日本に帰っちゃっても遊びに行ける。

ふと、その日のことを想像して目の奥がチリチリと痛んだ。

ヒナが日本に帰るってことは、ここからいなくなっちゃうってことで、そうしたらなんとなくウェインさんにも二度と会えないような気がして、とても耐えられないと思った。ヒナにもウェインさんにもずっとここにいて欲しい。

カイルはまた寝返りをうった。

明日は雨だから、ヒナはぐずぐずするんだろうなぁ。僕だってきっとぐずぐずしちゃう。でも、ピクルスたちの世話があるから寝坊なんて出来ないし、世話をさぼるようじゃ、ウェインさんに嫌われちゃう。

そうだ!僕もスペンサーと取引しよう。いや、それよりも、フィフドさんと取引する方がいい。ヒナのこと悪く書かないでっていうのと、お隣さんと仲良くするのを許してっていうの。

代わりに僕はフィフドさんに何をしてあげよう。報告書を手伝う?

ふふっ。それって名案。ヒナの事を悪く書かないようにフィフドさんを説得するまでもない。

となると、あとはウォーターさんとウェインさんがここに自由に来られるようになればいい。クロフト卿が招待すれば、フィフドさんは何も言えない。けど、そう毎日毎日招待するわけにはいかないだろうから、僕が力を尽くさなきゃ。

だって、僕はヒナの親友だもん。そのくらい――

ふわぁ。

ああ、眠くなっちゃった。取引の事は明日また考えよう。

カイルは突如襲ってきた眠気に身を委ね、ものの一〇秒で眠りに落ちていた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 333 [ヒナ田舎へ行く]

まだ雨は降っていなかった。

けれども、もう間もなく――朝食の支度が整う頃には――不機嫌そうな灰色の空からは、無情にも雨粒が落ちてくるだろう。

ダンはベッド脇のテーブルに紅茶の乗ったトレイを置くと、キビキビと窓際に向かった。ヒナはベッドの上半分の端っこで丸くなって眠っていた。足元にヘアキャップが落ちていたので、今朝はかなり仕事のし甲斐があるようだ。もじゃもじゃとした何かが目に留まったのは、ひとまず見なかったことにした。まずはヒナを起こさなきゃ。

ダンがカーテンを開けても、ヒナは起きあがろうとはしなかった。部屋が薄暗く、朝はまだだと思ったからかもしれない。

「ヒナ、ノッティが来ますよ。手紙を渡すんでしょ」

「今日はノッティ休み」ヒナは不機嫌に言い、上掛けを頭の上まで引き上げた。

なんて憎たらしい。

「そうですか。でも、起きて下さい」ダンは容赦なく、上掛けをひっぺがした。

「きゃあ!」ヒナはぶるると震え、だんごむしのように身体を丸めた。裸同然なのだから、寒くて当たり前だ。

「暖炉に火は入ってます。起きて行って下さい」キッチンに降りる前に、火は熾しておいた。ヒナをぐずぐずさせないための当然の措置だ。

ヒナは仏頂面をダンに向け、渋々といった態でのそりと身体を起こした。背中まであるはずの髪は、にっちもさっちもいかなくなった毛糸玉のように頭の上に乗っている。

まあ、いい。時間はじゅうぶんある。

「あ、そうだ。カイルから聞きましたけど、スペンサーが旦那様と一緒にいられるように取り計らってくれるそうですね」

カイルに聞いたときは、どうしてスペンサーがそんなことをするのかと訝ったが、ヒナと取引をしたと聞いて納得した。どうせヒナが無理矢理迫ったに違いない。

あーあ。やっぱりココアは僕が持って行けばよかった。そうすれば、取引内容を知ることが出来たのに。ブルーノが話があるって言うからカイルに任せたけど、結局、なんだかよくわからないままお開きになった。

でも、こちらはこちらでかなり収穫があったと言っていいだろう。ルークのことをより知ることが出来たし、何より、僕は僕の仕事をきちんとすべきだという決意を新たに出来た。

これまで、僕はちょっと浮ついていたと思う。ブルーノに好きだと言われて、自分もそうなのかなとか、仕事でここに滞在しているのに、そんなことにうつつを抜かしていいはずない。

「うん、そう」ヒナは後ろ暗いところがあるからか、曖昧に返事をして暖炉の前にぺたりと座り込んだ。

すぐに傍らに跪き、温めておいたシャツをヒナに着せ、先に靴下を履かせた。ズボンを穿いていないと、とんだ間抜けに見えなくもないが、座っているのだから仕方がない。

「でも、スペンサーはいったいどうやってルークを納得させる気でしょうね?」

「知らない。なんとかするって」

「なんとかね……。ねえ、ヒナ。スペンサーは事情を知っているけど、他の人たちは知らないわけでしょう?少し、面倒だと思いませんか」

「思う」

ヒナが手を出したので、ズボンを渡した。

「みんなが知っていることがてんでばらばらで、いったい誰が何をどこまで知っているのか、わからなくなるんですよね」

ヒナはうんと唸るように言い、座ったままズボンに足を通すと、シャツのボタンはダンに丸投げした。

「なんとなくブルーノは気付いているような気がするんですよね」だからこそ、言ってしまいたい。本当のことを。

「知られたら、いけないんでしょ?」

「まあ、そうなんですけど」いまさらという気がするのは気のせいだろうか?

でも、ヒナの秘密を守るのが僕の仕事だ。仕事を完璧にこなしてこそ、ここに一人で乗り込んだ甲斐があるってものだ。まぁ、今はもう一人じゃないんだけど。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 334 [ヒナ田舎へ行く]

ダンが妙に張り切る中、この男も張り切っていた。

ヒナの協力を取り付けたスペンサーだ。

もちろん、タダではない。引き換えにルークの動きを止めなければならない。

朝食の支度でカイルがちょこちょこと食堂に顔を見せるなか、スペンサーは獲物を待って席に着いていた。

二日遅れの新聞を広げ、カイルに運ばせた紅茶を口に運ぶ。

タイミングよくキッチンにダンが来たからと、ついでに淹れて貰ったらしいが、あまりのぬるさに一気にやる気をなくした。ヒナはこんなぬるい茶を飲んで目が覚めるのだろうか?

今朝は気温がぐんと下がり、七月とは思えないほどの寒さだ。面倒だが暖炉に火を入れ、部屋を暖めておいた。ここで待つ間、寒いのは自分だ。そうするしかない。

スペンサーの予想通り、昨日遅刻したルークは早々と食堂に姿を見せた。やはりヒナにちくりと言われたのを気にしていたのだ。

子供の悪意もなく自覚もなく発せられた言葉に、ナイーブな大人は傷つくものだ。もちろんスペンサーもその一人。

「おはよう、ルーク。今朝は早いね」愛想よく声を掛ける。それもこれも、ヒナとの取引を成立させるためだ。

「おはようございます。ヒナはまだなんですね」ルークはヒナが部屋にいないことを確認すると、満足そうに微笑んで、スペンサーの隣に座った。眼鏡が少しずれている。

「今朝はパン屋が休みだから遅いのさ」そう言いながら、うっかりカップを手に取る。飲めた代物ではない事を思い出し、ソーサーに戻した。不味くはないのだ。ダンがせっかく淹れてくれたものだし。だが、なにせぬるい。

「そうなんですか。ヒナはパンが好きですからね」ルークはなかなか綺麗な細い指先で、眼鏡を顔のいい位置に戻すと、物欲しげにティーポットに目をやった。

「どう?不自由はない?」ルークの視線はすっぱり無視し(飲まない方が身のためだ)、あえて勘違いも正さなかった。

ヒナが好きなのはパンではなく、隣人だ。ヒナの後見人のジャスティン・バーンズ。彼はヒナの父親代わりだ。しかもかなり気前がいいので、うちの家族にも歓迎されている。ウォーターズとして。

「ええ、もちろんです。みなさんよくしてくださいますし」そう言いながら、ルークは恨めしげにティーポットを見る。

もう少し待てば、カイルが何かしら運んでくる。それまでの辛抱だ。

「報告書の方は進んでいるのか?」スペンサーは出し抜けに訊ねた。朝の話題として不適当だろうがなんだろうが重要なことだ。が、もう少し訊き方に気を付けるべきだったか?

「いいえ」ルークは言って、肩を落とした。

意外な返事だ。「書くことが多くて大変?」

「まあ、そうです」ぎこちなく笑って、眼鏡を外した。

「奥歯にモノが挟まったような言い方をするんだな。問題でも?」

ルークは眼鏡を手の中でもてあそび、ぼんやりとした視線を明後日の方向に向けた。きっと眼鏡がないと俺が誰だかも分からないのだろうと、スペンサーはルークの琥珀色の瞳を覗き込む。

「スペンサーさんは、ヒナのことどれだけ知っていますか?」ルークはきっぱりとした表情で、スペンサーの後ろの置時計に視線を据える。

やっぱり見えていないのかと、スペンサーは半ば呆れる。

「スペンサーでいい。どれだけって言われてもなぁ……十日分くらい、としか言いようがないな。ちょっと変わった喋り方をして、時々まったく意味の分からない言葉を口にする。この国の作法はまるで通用しないし、ほら、食事前のかけ声?普通とは違うだろう。野菜嫌いで甘いもの好き。ああ見えて、結構頭は良いようだ」

「結構知っていますね」

「何かありゃ、まとわりついてきて、あれこれ喋って行くからな」それも、うんざりするくらい。スペンサーは胸の内で付け足した。

「お喋りが好きみたいですからね」そう言いながらルークは何かひらめいたようだ。おずおずと切り出す。「あ、あの。今日一日、ヒナと過ごしてみたいんですけど」

確かに今のところ、今日の予定はまるまる空いている。だが、どうだろう。ヒナが報告されてはまずい何かをしないとも限らない。でも、まあ、一日くらいなら、ヒナも我慢できない事はないだろう。昨日だって、一緒に出掛けたりしたが、特に問題はなかったようだし。もちろん、丸一日となるとぼろが出ないとも限らないが。

「ヒナに訊いてくれ。俺がどうこう言える問題じゃない。だが、伯爵に依頼されてヒナを預かっている身としては、ある程度どういう報告をするのか知らせてくれるとありがたいんだが」

あまりに図々しい申し出だが、ルークは何と返事をする?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 335 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナにとって都合の悪い報告は、スペンサーにとっても都合が悪い。

つまり、監督責任を問われるってことだ。

それでも、自分の仕事に口出しされるのはいい気がしない。

スペンサーの言いたいことは理解できるが、応じるわけにはいかない。

ルークは決然と顔を上げ、何も見えなかったので慌てて眼鏡を掛けて、スペンサーを見据えた。

スペンサーからは威圧するような態度は見受けられない。こちらの仕事を邪魔してやろうという意図がないのは疑いようがない。途端に気持ちが萎えそうになる。偉そうなことを言えるほど、僕は偉いのか?

でも、言わなきゃ。仕事を失いたくはないだろう?

事務所の所長であるクロフツから、責任のある仕事を請け負った(押しつけられた)ルークだが、所内では下っ端の下っ端なのだ。一人の少年が田舎の屋敷でどう過ごしているかという、単純な報告書さえ作成できないとなれば、事務所をクビになり兼ねない。ただでさえ、仕事が遅いと思われているのだ。丁寧な仕事を心掛けているだけなのに。

ルークは額の出てもいない汗を拭った。

『それは出来ません』

と言おうとしたが、それよりも先に戸口から鋭い言葉が投げつけられた。

「彼は内偵の為に送り込まれたんですよ。そんなこと出来る訳ないでしょう」

さっと顔を向けると、エヴァンが食器の乗ったトレイを手に不機嫌そうな顔でこちらにやってくるところだった。頬の傷のせいで、彼はいつだって不機嫌な顔つきだ。だから今も不機嫌なのか、ごきげんなのか(たぶん違うが)、判断できない。

それにしても、まるで密告者みたいな言われ方。

ルークは不満に思いながらも、エヴァンが自分を助けてくれたことに気付いていた。ルークの仕事は誰にも何にも影響されてはいけない。そのことを一番わかってくれているのがエヴァンだ。だからこそ、ルークもエヴァンに約束した。ヒナの事を充分に知るまでは、報告書に手を付けないと。

けど、ヒナを理解する事など出来るのだろうか?そんな自信ない。

「いちおう訊ねただけだ。別に無理にと言っているわけではない」スペンサーは面倒臭そうに言い、椅子の背に身体を預け腕組みをした。

「それにしては、高圧的に見えたが」とエヴァン。

エヴァンはいったいどこから話を聞いていたのだろう。まさか最初からってことはないよね?

「そう見えただけだろう?」スペンサーは、なあ?と同意を求めるような目をルークに向けた。すっきりとした深い青だ。とても綺麗な。

「スペンサーの言うとおりです」それ以外、何を言える?

エヴァンは表情を変えないまま、テーブルにトレイを置くと、ルークの隣に座った。

そこはヒナの席だと言いそうになった。でも、まだまだヒナはやって来そうにないので、しばらくはこの三人でぎこちない会話でも続けるしかないだろう。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 336 [ヒナ田舎へ行く]

まったく。スペンサーときたら、ルークをとんだ間抜けだとでも思っているのか?だとしたら、彼こそ、とんだ間抜けだ。

エヴァンは不本意ながらも手伝いを放棄してルークの隣に座った。もともと食事の支度などはエヴァンの仕事ではないし、ひとまず食器だけでも運んだのだから誰も文句は言わないだろう。

「ヒナのモーニングティーですか?」脇にはじかれた茶器を見て言う。さぞ飲みやすい温度だったことだろう。

エヴァンはヒナほどの猫舌を見たことがなかった。紅茶は熱くてこそ美味いものだし、スープやなんかも人肌になったら口の中が気持ち悪くて仕方がない。でもまあ、冷めても美味いものは美味いのだが。

「ああ、ぬるすぎて背中がぞわぞわした」スペンサーが苦い顔で言う。

エヴァンはにやりとした。いい気味だ。

「ヒナは熱いのが苦手のようですね」ルークはなぜか納得顔でティーポットを見て、にこりとした。手元にカップがないが、彼も飲んだのだろうか?

「ところで、今日一日ヒナと何をして過ごす気ですか?」

ルークがパッと赤面する。「やっぱり聞いていたんですね」

「悪趣味だな」とスペンサー。

エヴァンはそれらを聞き流し、ルークが答えをくれるのを待った。すでに雨が降り始めているので、庭でネコ集めは出来ない。ヒナはあれを楽しみにしているのだとか。

まさか!ネコ好きだから猫舌なのか?

「何かいいアイデアありますか?」逆に問われた。

エヴァンはバーンズ邸でのヒナの姿を思い起こした。「そうですね……ヒナは室内遊びに長けていますので、ヒナに相談したほうがいいかもしれませんね」ついでに言うならひとり遊びも得意だ。旦那様を待っている間のヒナは、とてもいじらしくてかわいらしい。

「普段、何をして過ごしているんですか?」ルークが訊ねる。

「本読んで昼寝して、合間におやつを食べているだけだろう」と決めつけるスペンサーだが、正解だ。

「ルークも同じように過ごしてみたらどうです?そうすれば、ヒナの事をより知ることが出来るはずです」

「そうですね。そうしてみます」屈託なく言われれば、多少不安にもなる。ヒナと一緒に過ごした一日を無駄だと思わなければいいが。

そう思わせないためにも、エヴァン自身出来ることをしなければならない。

何よりもヒナが無事、両親と再会できることが優先だ。もしもルークが邪魔立てするようなら、こちらもルークの邪魔をしなければならなくなる。

エヴァンはヒナを守るためにここにいるも同然なのだから。

エヴァンもまた、使命を果たすため、張り切っていた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 337 [ヒナ田舎へ行く]

「ほら、ぐずぐずしていると時間に遅れますよ。あと五分しかないんですからね」ダンは暖炉の前で丸くなるヒナを無理やり立たせると、上着を着せてボタンを留め、後ろに回ってリボンの結び目をキュッとした。

今朝のダンはお母さんみたい。

『奏、ぐずぐずしているとお友達に置いて行かれるわよ』

あの子たちは友達なんかじゃなかったのに。それでもお母さんをがっかりさせたくなくて、ヒナはいい子ちゃんの返事をしたものだった。

「はぁい」

これと同じような返事だ。

「それでは、僕はキッチンに寄ってから食堂へ行きます」

ダンは慌ただしくヒナを部屋から押し出すと、キッチンに続く階段へと行ってしまった。

ヒナはそんなダンに背を向け、廊下をとことこと進む。

ドアをひとつふたつ通り過ぎたところで、ふと足を止めた。

パーシーはもう下へ降りたのだろうか?

なぜだかまだのような気がして、無遠慮にドアを開けた。

「パーシー、おはよう」こそりと言いながらも、ずかずかと部屋の中に入る。

「うぅん……ヒナ?どうしたんだい?」

ベッドから声が聞こえた。

「パーシーまだ寝てるの?」呆れたように言い、乱れたベッドに近寄る。

パーシヴァルは上掛けを抱いて、今朝のヒナのように丸くなっていた。

「起きてるよ。ここから出たくないだけで」

「暖炉に火は入ってるよ」ヒナは適当に暖炉の方を指差し、辺りを見回した。

ベッド脇のテーブルにはモーニングティーも置いてあるし、着替えだって用意してある。エヴァンが仕事を放棄したわけではない。

「知ってる。エヴァンがガチャガチャやってたからね。うるさいったらなかったよ」パーシヴァルは身体をひねって、ヒナに向き直った。

「下に行かないの?」ヒナは訊ねながら、くしゃくしゃの前髪に隠れる緑色の瞳を覗き込む。お母さんと同じ優しい目。

「まあね」パーシヴァルは身体を弓なりにして伸びをした。

「どうして?」

「わかってるくせに。まったく、ヒナったら薄情なんだから」

そうだ!パーシーはジャムに帰って来ちゃダメって言われて、ショックを受けたんだった。

「ジャムの事?」訊くまでもないよね。

「そうだよ。ヒナだって、お隣さんに会えないとなると、ベッドから出たくないだろう。会えないって事はキスも出来ないんだよ。それなのに、起きてどうしろっていうんだ」

パーシーの言う通りだ!ヒナも今日は起きたくなかったもん。それなのに、ダンがむりやり……。

その時、ヒナのお腹がぐうっと鳴った。

パーシヴァルがヒナのお腹の辺りを見て、くすりと笑う。

ヒナは口をすぼめて目をくるりと回し、パーシヴァルと朝食とを天秤にかける。

「お腹空いたから、行くね」

ヒナはパーシヴァルを置き去りにした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 338 [ヒナ田舎へ行く]

焼き立てのトーストを手に、カイルはキッチンを出た。廊下は冷え冷えとしていて、思わずぶるると震えた。

入れ替わるようにして、ダンが急ぎ足でこちらにやってくるのが見えた。まだこんなところにいるのかと、ちょっと驚いた。ダンはもうヒナとテーブルに着いていると思っていたからだ。

「ダン、もう時間だよ」少し前に食堂を覗いたら、まだ三人しか集まってなかったけど。

「まだ運ぶものあるかな?」ダンはカイルの手元を見て、キッチンの方に目配せをする。

「スープがあったと思うけど、ブルーノが持って行くんじゃない?」

「スープね。今朝は寒いから、熱々をみんなに飲んでもらいたいね」そう言いながらダンはキッチンに入って行った。

それじゃあヒナは飲めないなと、カイルはひとりごちる。

かごの中のパンが冷めないうちに廊下を行こうとして、ふと足を止めた。理由なんてない。

一歩二歩とあとずさり、耳をそばだてる。

あの二人、昨日からちょっとおかしい。ブルーノは僕を追い払って、ダンと何を話したのだろう。フィフドさんがいたから、内緒話なんか出来なかっただろうけど。

「それは俺が持って行く。先にあがってろ」とブルーノの声。

「今朝は何も手伝っていないので、このくらいさせてください」とダン。

「火傷でもしたら困る」

「そんなへま、しませんよ」

どうやらスープポットの取り合いをしているようだ。

ダンが持って行くというなら、持って行かせればいいのに。

へんなの。

馬鹿馬鹿しくなって、カイルはその場から離れた。

食堂は暖炉の火が赤々と燃えているおかげで暖かかった。カイルは滑り込むようにして自分の席に着いた。同時にかごを置くとリネンを取って、まだほのかに湯気ののぼるトーストをみんなの前に差し出した。

まだ、三人しかいないけど。

カイルは思わず時計を見た。七時半を少し過ぎている。

食事はもう始まっていないといけないのに、ヒナとクロフト卿はどうしたんだろう。二人して、朝食を食べないつもり?

「エヴァンさん、クロフト卿は?」

さっきまでルークの隣に座っていたエヴァンは、いまは末席に腰を落ち着けている。

「部屋から出たくないそうです」どことなしか軽蔑するような口調なのは気のせいだろうか?

それでも心配だ。「何かあったの?病気?」

「貴族ってのはそういうもんなんだよ」とスペンサー。

ルークは同意するように頷き、誰に訊くともなしに訊く。「ヒナは遅いですね。ダンとブルーノさんも」

ダンとブルーノは熱々のスープを持って、もうすぐやってくる。

ほら来た。

結局スープポットはブルーノが持っていた。

で、ヒナは?

「ヒナはまだですか?」ダンが部屋の隅々まで見回しながら驚いたように言う。

「まだみたい」カイルは言いながら心配になった。ダンも居所を把握していないとなると、まずい事態も想定される。

「もう!いったいどこに?」ダンは困っているのか怒っているのか、判断できないような声をあげた。

「ここ。いるよ」

ヒナが誰かに押されるようにして、おずおずと食堂に入ってきた。

もちろん押したのはお父さんだ。お父さんはヒナの運び屋だ。その時の適切な場所にこっそりと正確に運んでくる。ヒナはいつも捕まっちゃうんだ。

でもこれでやっと、朝食スタートだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 339 [ヒナ田舎へ行く]

クロフト卿がいないのを別にすれば、いつもと変わらない朝だった。

それなのに、ダンだけが昨日までとは違って見えた。

何がどう違うのか説明しろと言われても、出来そうにないが、よそよそしいとは違う、他人行儀とも違う、とにかく距離を感じた。昨夜は感じなかったのだから、キスしたこととは関係ないと思う。もちろん一晩経って、昨日までとは別の感情が沸き上がったのかもしれないが。

ブルーノは気もそぞろに、バターたっぷりのトーストをかじった。

「今朝はずいぶん、落ち着きがありませんね」隣に座るエヴァンがこそりと言う。

「そう見えるのか?」自分ではうまく誤魔化せていると思ったが、エヴァンの目は欺けなかったようだ。

「ええ、まあ。いろいろ察しはつきますが」

そうだろうとも。邪魔をした張本人だからな。

エヴァンがあの時――もちろんダンにキスをしていた時だが――タイミングよく現れたのは、意図的なものだったのだろうか?それとも本当に偶然の所業だったのか。

「ところで、今日の予定は?雨、振ってきちゃいましたけど」ダンが窓の外に目を向け、スペンサーに訊ねた。

ブルーノは意識をエヴァンからダンに移す。

「今日はどうしたらいい?」ヒナも問う。困ったように肩を竦めるあたり、ちょっと芝居がかっているように見えなくもない。

「特にないが、ルークが一緒に過ごしたいそうだ」スペンサーは、まるで決定事項だとばかりに言い、ちぎったトーストをスープに浮かべた。

「ヒナと?」ダンが驚いたように言う。ヒナは小首を傾げルークを見ている。

「ええ、いいいでしょうか?」その言葉はダンに向けたものかヒナに向けたものか、ルークはヒナの顔を覗きこむようにして、丁重に断りを入れる。

ヒナはうーんと悩む素振りを見せた。

「いいよ。一緒になにする?」

意外に即答だった。おかげでルークがあたふたする。

「えっと、何しましょうか?」

「遊んでばかりもいられませんよ」ダンが口を挟む。ヒナが常日頃ぐうたら過ごしていると思われては困るからだろう。

いちおう、ルークはスパイなわけだし。

ルークの提案はブルーノにとって好都合だった。どうぞどうぞ、ヒナと一日お過ごしくださいと言ってやりたいほどだ。おかげでダンを独占できるのだ。ルークの申し出を歓迎しないわけにはいかない。

おそらくはスペンサーも同じ考えだろうが、ここは譲れない。

ブルーノはトーストを噛み千切りながら、スペンサーに睨みを利かせた。

つづく


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